New York (New York)  ★ ニューヨーク(ニューヨーク州)


〜 23rd Street にあるスタークの店で、
ジョゼフ・ラムは売られている楽譜に目を通しながら、
自分がジョプリンの作品をどれ程尊敬しているかについて、
スターク婦人へとくとくと語りかけていた。

「ジョプリンさんにお会いになりたいのかしら?」

彼女が訊ねるとラムは答えた − もちろんですとも。

すると彼女がすっと指さしたその先−店の隅に、
一人の男が座っているのが彼の目に入った。

マディソンスクェア・パークに向かう道を連れだって歩きながら、
ラムが同じラグタイム作曲家だと聞いたジョップリンは、
今度自分のところを訊ねるようにと彼を誘ったのだった。 〜

KIng of Ragtime』 by Edward A. Berlin
Oxford Paperbacks より

こういった情景が簡単に目に浮かぶくらい
色々な映画や小説、テレビ番組などで取り上げられている

世界の中心地 ニューヨーク

ジョプリンの後半生もこの街と共にあり
−恐らく1907年には、既に転居を考えての
訪問をしていた、と考えられています−
そして彼が1917年にその生涯を閉じた街でもあります。

創作という面から見ると、それまでの暗い時期を
乗り越えて新しい時代に入ったことが、
『Gladiolus Rag』『Wall Street Rag』『Euphonic Sounds』
といった一連の代表作、そして かの『Treemonisha』
を見ても、おわかりになるかと思います。

しかしながら、その歴史的記念碑である『Treemonisha』が、
彼の死へとつながる暗い陰も一緒に持ち合わせてしまったのは、
皮肉なことであるとしか言いようがありません。
しかしその一方で、
「時代から傑出した才能」が否応なしに背負ってしまう
<歴史的な悲劇>のパターンを周到してしまったと見るなら、
ある意味でそれは必然的な結末だったのかもしれません。
(「幸福な死」とは言えないでしょうが。)

ラグタイムという音楽のクオリティーを生涯をかけて追求したジョプリン、
そのラグタイムに愛情を持ち続けながらも、ビジネスマンであったスターク、
彼らの別離もまた、結果的にこのニューヨークの地で訪れてしまいました。

しかし、たとえそこに「けんか別れ」に近いものがあったにせよ、
ジョプリンに対する深い理解と愛情には、

スタークをおいて他に持ち得ないもの

があったでしょうし、実際そのことを示すような
「シンプルながら、深く重い」追悼の言葉が、現在に残されています。

 

スコット・ジョップリンが亡くなる

故郷のない放浪の人、自らの軌跡を アメリカの音楽において 残す。

KIng of Ragtime』 by Edward A. Berlin
Oxford Paperbacks より

 

スコット・ジョプリンの「お墓」 「Find A Grave (お墓を見つけよう)」という一風変わったアメリカのホームページにて、ジョプリンのお墓が調べられます。場所はニューヨーク郊外の「セント・ミカエル共同墓地」で、ラガーディア空港から南西に2キロ程の所です。

 

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